大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)452号 判決

被告人両名の原判示第二(一)(二)の各所為、被告人高畠俊勝の同第三の所為は詐欺罪も構成しないとの論旨について。

請負は、当事者の一方が或仕事を完成することを約し、相手方が其の仕事の結果に対して、これに報酬を与えることを約するによつて成立する双務有償の契約である。従つて、特約なき限り請負工事の注文者は、所謂同時履行の原則に依り、仕事の目的物の引渡を受けると同時に、請負人に対し報酬の支払を為すをもつて足り、その以前に於て、請負人に対し、報酬を支払うべき義務を負わない。たゞ、請負人は、請負契約に於ける通常の事例として、工事完成前相当多額の経費を自弁しなければならぬ場合が多く、これがため、工程半ばにして早くも資金の運用に窮するに至り、延いては、工事の完成を却つて阻害する虞れなしとしないので、当事者間の特約に依り、仕事の出来形に応じ、註文者より請負人に対し、一定割合の金員を前渡するを便とすることがある。七尾市工事執行規則第二十五条は、斯る場合に備え、特に設けられた一種の法規であつて、これに依れば、七尾市は、同市の注文する工事の請負人に対し、仕事の完成前、出来形の八割を最高限度とする金額を、中勘金名義の下に、前渡することが出来ることになつている。此処に、所謂中間金とは、将来、果して注文通り工事が完成するか否か未定の間に注文者より請負人に対し支払われる報酬の前渡であり、その支払が出来形其の他適正基準に則つて為される限り、これによつて注文者が不慮の損失を蒙る虞れはないが、これに反して、若し此の限度を逸脱し、放漫なる前払を為すならば、或は契約の解除、その他種々の障害の発生により、注文者に於て損害を負担するに至る危険があることは言うまでもない。しかるに、原判決挙示の各証拠、殊に被告人両名及び柏崎武雄に対する、いずれも司法警察員並に検察官作成の各供述調書の記載、島村繁作成の鑑定書と題する書面の記載原審第十回公判証人尋問調書中証人島村繁の供述記載等を綜合すれば、被告人等は、(一)七尾市を注文者とする七尾市和倉町所在七尾市賃貸住宅建設工事並に七尾市八幡町所在七尾市徳田保育所新築工事の各施行に際し、いずれも該施工事務の担当者として、互に協力しつゝ事務の遂行に当つていた者であつたこと、(二)資材の騰貴、請負人の資力不十分等種々の理由により、該工事は意の如く進捗しなかつたこと、(三)被告人両名は、該工事の速やかな完成を希望するの余り、相謀つて請負人に対し、七尾市工事執行規則の容認せざる多額の前渡金を領得せしめんと企て、出来形を著しく過大に見積つた検査復命書を作成して、これを上司に提出報告し、七尾市長(代理)を欺罔し、因て、同市収入役をして請負人に対し、七尾工事執行規則の制限を甚しく超過した中勘金の支払をなさしめ、其の結果、請負人をして、該金員を不正に領得せしめるに至つたものであることを各肯認するに十分である。そうして見れば、被告人等の右所為は、七尾市長(代理)を申欺き、因て、同市収入役をして、同市より金員を受領保有する権利なき者に対し、金員の支払を為さしめ、もつて、これを騙取したものとして、刑法第二百四十六条に該当することが明かである。弁護人は、「請負人は出来形に応じた前渡金の支払を請求する権利を有するものであるから、少くとも其の限度以内の金額については不法領得罪が成立しない。」旨主張するをもつて案ずるに、叙上七尾市工事執行規則に依れば、七尾市は請負人に対し、何等前渡金を支払うべき義務を負担するものでなく、七尾市長は、自己の自由裁量に依り、前示の如き限度の金額を請負人に前渡する権限を有すると言うに過ぎず、従つて請負人は七尾市に対して工事経費の前渡を請求する権利を有しないことが明白である。しかしながら、前記適正限度内でも支払われた前渡金については、請負人はこれを保有し且、これを自由に処分する権利を有することもまた勿論である。たゞ、前顯の証拠によれば、本件前渡金は、そのいずれの場合に於ても、適正限度内の部分とを区別することなく、七尾市より請負人に其の都度一括交付されたものであり、該金員中如何なる部分につき、請負人に於てこれを保有する権利を有するやを識別することが不可能であることを認め得るから、結局、不法領得の事実は、不可分一体の関係に於て、該金員の全体に亘つて、包括的に成立すると言わなければならぬ。また、叙上島村繁の作成に係る鑑定書と題する書面の記載を原審証人島村繁の供述と比照検討すれば、本件工事の出来形に関する島村繁の計算は、些細の部分について迄、余すところなく精密に測定したものでないことを首肯し得ないでもないが、その誤差は僅少であり、これによつて犯罪の成否又は犯情の如何に影響するものでないことを看取するに十分である。なお、所論の如く被告人等に自己の利益を図る意思がなかつたとしても、前示各証拠を検討すれば、被告人等は自己の行為に因り請負人が不法に利得するに至ることを認識していたものであることを認定し得るから、被告人等に不法領得の意思がなかつたと言うを得ない。以上により明かな如く、これ等の諸点に関する論旨は、いずれも其の理由がない。

(註 本件は事実誤認により破棄自判)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!